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カウンセリングで「過去」について振り返るのはなぜ?

カウンセリングで過去を振り返る理由
目次

はじめに-変えられない過去を振り返る意味

カウンセリングで「過去」について振り返るのはなぜ?―このタイトルの疑問は、かつて私(唐津)自身が臨床心理学を学び始めたころに強く感じていたものです。

過去を振り返ったところで、過去そのものが変わるわけではない。歴史的な事実として、すでに起きた出来事を「なかったこと」にしたり、やり直すことはできない。大事なのは「今」であり、「これから」であるはず。「今」や「これから」であれば変えられるし、「今」や「これから」が変わることでこそ、悩みや問題が少しずつ解消されていくのではないか――。そんなふうに思っていました。

カウンセリングを受けるときに、同じような疑問を持たれる方もいらっしゃるかもしれません。

「今の仕事のことで困って相談に来たのに、生い立ちや親との関係について聞かれるのはなぜ?」

「私にとって過去は『忘れたいもの』や『思い出したくないもの』なのに、どうしてあえて話す必要があるの?」

もちろん、すべての方に同じように深く過去を掘り下げるわけではありません。過去の話にまだ向き合う準備ができていない方もいれば、今の困りごとを中心に話したい方もいます。カウンセリングで過去を扱う場合は、その方にとって必要で、安全で、意味があると感じられるペースや深さで進めていきます。

ただ、多くのカウンセラーは当たり前のように過去のことを尋ねます。しかし、誰にとっても安心して話せることばかりではありませんし、ときには心の奥に触れられるような痛みを伴うこともあります。だからこそ、カウンセラーには「なぜ過去を振り返るのか」という問いにきちんと答える責任があると、私は考えています。

ここでは、私が理解している「カウンセリングで過去を振り返ることの意味」を7つお話ししたいと思います。

① 繰り返されるパターンを知る

人には誰しも、無意識のうちに繰り返してしまう考え方や行動のパターンがあります。

たとえば「どうせ自分なんてうまくいかない」という思い込み(信念)や、「相手に嫌われないように振る舞まう」という行動パターンなど。こうしたパターンは、幼いころの体験や育った環境の中で形づくられていることが多いと考えられています。過去を振り返ることで、そういったパターンやその成り立ちを知ることができます。

自分のパターンに気づくことは、「あいまいな生きづらさの正体に名前がつくこと」と言えます。そうやって問題の根っこがわかり取り組む課題が明確になると、それだけで気持ちがすこし軽くなることがあります。

また、ネガティブなパターンだけではなく、歴史から自分の強み持ち味逆境から立ち直る力(レジリエンス)など、ポジティブなパターンに目を向けることも大切です。自分という人間をより全体的に理解でき、否定的なパターンを断ち切っていく資源となります。

② 変えやすいことと変えにくいことを見極める

悩みや問題の背景には、生まれつきの性質や長年にわたる成育環境の影響など、変えにくい部分もあります。一方で、少し前のストレスによって崩した調子や最近出会った人物からの影響などは、比較的変えやすい部分といえます。過去を振り返ることは、自分の困りごとが「どこから来ているのか」を整理し、「どこにアプローチすれば改善しやすいのか」を見極める助けになります。

③ 問題や症状をとらえ直す

たとえば「完璧にこなさないと気がすまない」という性格も、過去に厳しい親のもとで「失敗を許されない」状況で育ったとしたら、当時は生きるために必要な戦略だったのかもしれません。

「言いたいことが言えない」という特徴も、幼いころに感情を表現すると叱られたり罰せられた経験があるなら、「感情を出さない」ことで危険を避けようとしてきたのかもしれません。

こうして、自分の持つ症状やパターンを単なる「欠点」や「弱さ」と見るのではなく、「当時の環境に適応するために身につけた大切な工夫だった」と理解することで、自身に思いやりを向けられるようになります。

④ 感情の処理や解放を行う

過去の体験の中には、当時は怖すぎたりつらすぎて、感じきれずに心の奥に押し込めてしまった怒り、恐怖、悲しみ、さみしさ、願いなどがあります。カウンセリングの中で、それらを少しずつ言葉にしたり感じたりすることで感情の処理(=記憶の消化)が進んでいきます。

臨床心理士の東畑開人さんは次のようなことを述べています。

過去についてもやもやする時間が、その意味合いや質感を変えていくこともある。誰かから受けた手ひどい攻撃や、自分がやらかしてしまった恥ずかしい過去、以前には思い出すだけで怒りに打ち震えていた記憶は、消化されることで、少しずつマイルドなものになっていく。記憶の生々しさは徐々に和らぎ、しばし心に置いていけるようになります。
-「何でも見つかる夜に、こころだけが見つからない」p211-

切り離していた感情としっかりとつながり、身体でも感じ切り、処理が進むと、逆説的ですが現在の感情コントロールがよくなります。

また、様々な感情とつながることができると、生活が生き生きとしてきます。さらに、それらを言葉にしたり身振りで表現することにより「カタルシス」と呼ばれる心の浄化作用が生じます。抑え込んでいたエネルギーが解放されることで、心身の症状が和らぐことがあります。

⑤ 記憶からの回避をやめて本当の安心を得る

つらい記憶を避け続けると、一時的には楽ですが、「思い出すこと自体が恐ろしいものだ」という信念が強まってしまうことがあります。

カウンセリングの場で、思い出しても安全であることを少しずつ体験することで、記憶そのものは現実の脅威ではないと学び、「思い出すこと=危険」という回避のパターンを減らしていきます。これは、過去を過去にするために、そして心の自由を広げていくために、大切なステップです。

⑥ 記憶を保存しなおす

心理学では、「記憶は思い出すたびに新しく保存され直す」という仕組みが知られています。思い出したとき記憶は一時的に不安定となり、思い出し方によっては記憶の質感(映像、感情、意味づけ等)が書き換わるのです。これを「記憶の再固定化」といいます。

信頼できるカウンセラー、安心できるセッションの場で過去を振り返り、新しい気づきや感情とともに再び記憶することで、その記憶の意味づけや感じ方が変わり、心のあり方にも変化が起こるのです。

⑦ 「物語」は変えられる

私たちは生まれてから今に至るまで「無数の出来事の連鎖」の中を生きていますが、その中でどの出来事に注目し、どの出来事を関連付け、どのように意味づけるか、そして人にどのように語るかは人それぞれです。言い換えるのであれば、私たちは、自分の作り上げた「物語」を生きているといえます。そして苦しんでいるのは「客観的現実」ではなく「作られた物語」であることもしばしばです。しかし、「物語」であれば今からでも少しずつ書き換えることができます。

「あんな場面やこんな場面で失敗した。だから私はダメな人間だ」という物語から、「何度失敗しても学び直せる人間なんだ」という物語へ。

「親に愛されなかった。だから、自分も人を愛すことができない」という物語から、「不器用でも親なりに愛そうとしていたのかもしれない。自分も自分なりのやり方で人を愛することはできる」という物語へ。

なにも無理にポジティブな物語に書き換えようというわけではありません。多くの場合は、カウンセラーとの対話やワークの中で、あるいはカウンセリング後の日常生活の中でふとした気づきが起こり、おのずと過去への意味づけが変わっていきます。これまで生きた「物語」が変わってくれば、これからの人生の「物語」も変わっていくかもしれません。

おわりに

カウンセリングで過去を振り返るのは、ただ昔話をするためではありません。

「今やこれから」をよりよく生きるために、自分自身を深く知り、心の重荷を下ろし、問題を整理していくプロセスです。

そして何より大切なのは、振り返ったあとに「じゃあこれからどうしたい?」「今から何をしてみたい?」を一緒に考えることです。過去を知ることだけで終わらず、それをこれからの生き方にどう活かすかがカウンセリングの目的でもあります。

もし、あなたが過去を振り返ることに不安や抵抗を感じているとしても、それはとても自然なことです。そしてカウンセリングの場は、その不安や抵抗も含めて大切にしながら、一緒にペースを探していける場所でありたいと考えています。

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