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コラム

目を使ったトラウマ処理法②~EMDR~

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EMDRとは

EMDR(Eye Movement Desensitization and Reprocessing)は、「眼球運動による脱感作と再処理療法」と呼ばれる心理療法です。1980年代にアメリカの心理学者フランシン・シャピロ博士によって開発されました。トラウマ心的外傷後ストレス障害(PTSD)の症状を軽減する高い効果とエビデンスが確認されています。EMDRは一般的なカウンセリングや心理療法のとは異なり、目を左右に動かすなどの「左右交互の刺激」を取り入れる点が特徴です。現在では、世界中のトラウマ治療でEMDRが採用・推奨されており、その効果が広く認知されています。同じくPTSDに対してエビデンスが確認されている持続エクスポージャー療法と比べると、トラウマ体験の詳細を語る必要がないため、相談者の負担が少ないところもこの療法の優れているところです。対人関係上の傷つきや恥の体験などPTSDの診断基準を満たさなくても、思い出すと胸がざわざわするような嫌な記憶に対して適応が可能です。

セッションでは何をやるの?

眼球運動のみが注目されやすいEMDRですが、最初からいきなり眼球運動を行うわけではありません。まず、カウンセラーは相談者の現在のお困りごとやそれと関連するトラウマの内容を聞き取り、治療計画を立てます。次に、イメージワークやリラクセーション技法を用いて、トラウマ記憶と向き合うために必要な肯定的な感覚(安全感やコントロール感)を身体に落とし込みます(初回のセッションは、早く進んだとしてもこのあたりで終わります)。その後、相談者はトラウマ記憶に関連するイメージ、否定的な考え、感情、身体感覚等を確認していきます。そして、相談者は記憶やそれに伴う考えや感覚を心に浮かべたままカウンセラーの指の動きに合わせて、視線を左右に動かす「眼球運動」を行います(タッピングや聴覚刺激に変更する場合もあります)。これにより、トラウマ記憶が再処理され、感情的な負担が軽減されるとされています。再処理というのは「過去をきちんと過去にする」ということです。記憶が再処理されると、記憶が思い出しにくくなる、薄れる、ぼやける、モノクロになる、遠くなる、記憶の意味や感じ方が変わる、などの変化が起こります。

どんな効果が期待できるの?

EMDRを受けると、セッションを通じて以下のような効果を実感することができます。効果を一度で感じられる方もいれば、何度も繰り返す必要のある方もいます。

  1. 苦痛な記憶に対する感情的な反応の減少
  2. 記憶を思い出したりすことが減り、フラッシュバックや悪夢に悩まされることが減ります。また、思い出したとしても平静でいることができて、自己コントロール感が高まります。

     
  3. 心身の健康状態や適応能力が高まる
  4. トラウマ記憶と関連した日常生活上の引き金に反応することが減ります。現在の生活で脅威に感じることが減ると、神経過敏や抑うつが改善され、社会生活や対人関係での、適応能力が高まります。(ただし、本来の能力を発揮できるようになるというだけで、能力を底上げするわけではありません)

     
  5. ネガティブな自己評価の改善
  6. 「私は悪い」、「私は無力だ」、「私は価値のない人間だ」、「私は誰のことも信じられない」などトラウマ体験にむすびついた、否定的な自己イメージを改善することができます。また否定的な自己イメージを減らすだけではなく肯定的な 自己イメージを高めることができるようになります。これらの自己イメージの変化は無理してそう思い込まなくても、自然と起こるということがポイントです。

なぜ効果があるの?

「からだの傷」が自然に治るのと同じように、「こころの傷」も自然に治す力が人には備わっています。しかし、トラウマになるとそれがブロックされてしまいます。EMDRは左右交互刺激を脳に与えることによって、こころの傷の自然治癒力(適応的情報処理)を活性化させると考えられています。なぜそのようなことが起こるのでしょうか?眼球運動がREM睡眠(誰にでもある睡眠中の眼球が左右に動く場面。浅い眠りで起きやすい。)と類似したメカニズムや効果を持ち、脳がトラウマ体験を再処理するのを助けるというのが、開発当初からの有力な仮説です。ちなみに、REM睡眠は記憶や感情の整理に重要な役割を果たすとされています。また、左右交互の刺激が、右脳と左脳の働きのバランスを取り戻すのではないかとも言われています。その他、詳細は省きますが「左右交互の刺激」がワーキングメモリーへの負荷を与えることで、トラウマ記憶の鮮明度や関連する感情が減少するという仮説や、定位反応仮説、記憶の再固定化仮説と言われているものなどが提唱されています。