パニック・過呼吸・フラッシュバックに効果のあるボックス呼吸法

突然、心臓がバクバクし、息が苦しくなる。過去の辛い記憶が、まるで今起きているかのように鮮明に蘇り、強い恐怖に襲われる。そんなパニック発作や過呼吸、フラッシュバックの経験は、言葉では言い尽くせないほどの苦痛を伴います。
「このままどうにかなってしまうのではないか」という恐怖や不安に飲み込まれそうになった時、あなたを現実の世界に引き戻し、心の平穏を取り戻すためのお守りとなる呼吸法があります。それが「ボックス呼吸法(Box Breathing)」です。「スクエア呼吸法(Square Breathing)」とも言われます。
このコラムでは、いつでも、どこでも、誰にでも実践できるボックス呼吸法について、その具体的なやり方から、なぜ効果があるのかという科学的な根拠、そして実践する上での注意点まで、詳しく解説していきます。この記事を読み終える頃には、苦しい状況を乗り越えるための心強いツールを一つ手にしていることと思います。
「ボックス呼吸法」とは?
ボックス呼吸法は、その名の通り「四角い箱(ボックス)」をイメージしながら行う、非常にシンプルな呼吸法です。息を吸う、止める、吐く、止めるといった4つのステップを同じ時間をかけて行うことから、この名前が付けられました。
この呼吸法は、その効果の高さから、極度のストレス下で冷静な判断を求められるアメリカ海軍の特殊部隊でも、心を落ち着かせるための「タクティカル・ブリージング(戦術的呼吸法)」として採用されています。
しかし、決して難しいものではありません。戦術的と聞くと身構えてしまうかもしれませんが、本質は心と体をリラックスさせるための優しいテクニックです。
ボックス呼吸法の具体的なやり方
ボックス呼吸法は、以下の4つの簡単なステップで構成されています。それぞれのステップを、まずは「4秒ずつ」で行うことを基本としますが、この秒数はあくまで目安です。ご自身が「心地よい」と感じるペースを見つけることが最も大切です。
準備
- まずは、リラックスできる姿勢をとりましょう。椅子に座っていても、横になっていても構いません。
- 背筋を軽く伸ばし、肩の力を抜きます。
- 目は軽く閉じても、あるいは開けたまま一点をぼんやりと見つめても大丈夫です。
実践
好きな色の箱を思い浮かべ、その辺をなぞるように呼吸を合わせていきます。もしくは、以下のgif画像の動き合わせて呼吸をしてみてください。gif画像は私用の範囲であればダウンロードして使ってもらっても構いません。(3秒バージョン、3.5秒バージョンはこちら)。

- 息を吐く(4秒): 口からゆっくりと、4秒かけて息を吐き出します。お腹の風船がしぼんでいくのを感じましょう。(箱の右の辺を下に降りるイメージ)
- 息を止める(4秒): 吸い込んだ息を肺に満たしたまま、4秒間息を止めます。(箱の下の辺を左に進むイメージ)
- 息を吸う(4秒): 鼻からゆっくりと、4秒かけて息を吸い込みます。お腹が風船のように膨らんでいくのをイメージしましょう。(箱の左の辺を上に登るイメージ)
- 息を止める(4秒): 息を完全に吐き切った状態で、4秒間息を止めます。(箱の上の辺を右にすすみ、スタート地点に着くイメージ)
この4つのステップを1サイクルとします。練習としてであれば、5~10分。パニック時などは気持ちが落ち着くまで繰り返します。
途中で、注意がそれてしまっても大丈夫です。それたことに気づいたらその都度、呼吸に意識を戻してください。
もし4秒が長く感じて苦しい場合は、無理せず3秒や2秒から始めてみましょう。大切なのは、完璧に行うことではなく、呼吸に意識を向けることです。
また、集中力が持たず、5分続けるのが難しいこともよくあることです。最初は、1分、2分など短い時間から始めてみましょう。時間の長さよりも毎日続けることが重要です。
アレンジ:野球のベースをイメージする方法
「四角い箱」のイメージが味気ないと感じる場合は、ご自身が親しみやすい「四角いもの」を思い浮かべてみるのも良い方法です。
例えば、野球のグラウンドをイメージしてみましょう。あなたがバッターボックスから、ゆっくりとベースを一周していく様子を思い浮かべます。
「心地よい」「楽しい」と感じるイメージを使うことで、より呼吸法に集中し、取り組みやすくなります。
なぜボックス呼吸法は効果があるのか?
このシンプルな呼吸法が、なぜパニックや過呼吸、フラッシュバックといった苦しい症状に効果を発揮するのでしょうか。その背景には、私たちの心と体をコントロールする「自律神経」と、意識を「今、ここ」に集中させるマインドフルネスの効果が関係しています。
1. 自律神経のバランスを整える
私たちの体には、心と体を活動的にする「交感神経」と、リラックスさせる「副交感神経」という2つの自律神経があります。不安や恐怖を感じると交感神経が活発になり、心拍数が上がり、呼吸が浅く速くなります。これがパニック発作や過呼吸の状態です。ボックス呼吸法のように、ゆっくりと深い呼吸、特に「息を吐く」ことを意識すると、リラックスを司る副交感神経が優位になります。呼吸を意図的にコントロールすることで、興奮した神経を鎮め、心拍数を落ち着かせ、体全体の緊張を和らげることができるのです。
2. 過呼吸による二酸化炭素濃度の乱れを正常化する
過呼吸は、不安などから呼吸が速く深くなりすぎることで、血液中の二酸化炭素(CO2)が過剰に排出されてしまう状態です。血液中の二酸化炭素濃度が低下すると、血管が収縮し、めまいや手足のしびれといった症状が現れます。この症状がさらなる不安を呼び、悪循環に陥ってしまうのです。ボックス呼吸法には「息を止める」というプロセスが含まれています。この時間があることで、体外への二酸化炭素の排出が一時的に止まり、血液中の二酸化炭素濃度を正常なバランスに戻す手助けをします。
3. 「今、ここ」に意識を引き戻す(マインドフルネス効果)
パニック発作やフラッシュバックの最中、私たちの意識は「この先どうなってしまうのだろう」という未来への恐怖や、「あの時の辛い出来事」という過去の記憶に囚われてしまいます。ボックス呼吸法は、「4秒吸って、4秒止めて…」と呼吸のカウントや正方形上を動く点にイメージに意識を集中させる行為です。これは「マインドフルネス」と呼ばれる心の状態を作り出します。過去や未来へ向かいがちな意識を、意図的に「今、この瞬間」の呼吸(身体感覚)に引き戻すことができるのです。呼吸に集中することで、頭の中をぐるぐると駆け巡る不安な思考や辛い記憶のループから、一時的に抜け出すための「心の避難所」を作ることができます。
やるときのポイント
ボックス呼吸法は安全なテクニックですが、より効果的に、そして安心して実践するために、いくつかのポイントがあります。
- 無理をしない、完璧を目指さない: 「4秒」という数字にこだわりすぎないでください。苦しいと感じたら、3秒から始めるなど秒数を短くしたり、息を止める時間をなくして「吸って、吐く」だけでも構いません。大切なのは、あなたが心地よいと感じるリズムを見つけることです。
- 「吐く」から始める: 「吸う」時に交感神経が刺激されます。そうすると一時的にますますパニック感や不安が強まるかもしれません。ですので、パニック時や不安が強い時は意識的に「吐く」ことから始めるのをお勧めします。
- 安全な場所で行う: めまいを感じることがあるかもしれません。慣れないうちは、座ったり横になったりできる安全な場所で試しましょう。
- まずはカウントだけでもOK: 正方形のイメージを浮かべたり、ボールの動きに合わせて呼吸をするのが難しい場合は、とりあえずカウントに合わせて呼吸をすることに慣れましょう。
- 普段からの練習を心がける: パニックや発作が起きていない、落ち着いている時に練習しておくことが非常に重要です。いざという時に「そういえば、あの呼吸法があったな」と自然に実践できるよう、日々の生活に取り入れてみましょう。例えば、朝起きた時や寝る前、仕事の合間など、リラックスする習慣として取り入れるのがおすすめです。
「マシになった感覚」に焦点を当てる
ボックス呼吸法を試しても、もしかしたらパニックやフラッシュバックの症状が完全に消え去るわけではないかもしれません。息苦しさが100から80に、恐怖心が100から90になる、といったわずかな変化かもしれません。
しかし、その「少しマシになった」という感覚こそが、非常に重要です。
なぜなら、その小さな変化は、あなたが「自分の力で、苦しい状況を少しでもコントロールできた」という証だからです。
「もうダメだ」という無力感に苛まれていた状態から、「自分で自分を助けることができた」という小さな成功体験は、自己肯定感を育み、回復への大きな一歩となります。
完全に楽にならなくても、絶望の淵からほんの少しでも這い上がれたなら、その感覚をしっかりと味わってみてください。「さっきよりは、少し息がしやすい」「心臓のドキドキが、少しだけゆっくりになった気がする」。
その「少しマシ」を積み重ねていくことが、必ずあなたの自信につながります。
お守りとしての呼吸法
パニック、過呼吸、フラッシュバックは、いつ襲ってくるか分からないという不安も大きなストレスになります。しかし、ボックス呼吸法という対処法を知っているだけで、「もし発作が起きても、自分にはやれることがある」という安心感につながります。
それは、まるで困難な道を歩くための「杖」や「お守り」のようなものです。
ボックス呼吸法を視覚的にサポートするGIF画像をこちらのリンクにも載せておきます。3秒、3.5秒、4秒と作りましたので、お好きなものをお選びください。スマートフォンの画面などでこのGIFを見ながら、四角い図形の動きに合わせて呼吸をすることで、より簡単にリズムをつかむことができます。ぜひダウンロードして、お守りとして持ち歩いてみてください。
苦しい道のりの途中、この記事が、そしてボックス呼吸法が、あなたの心に少しでも穏やかな時間をもたらすお役に立てれば幸いです。